あの臨死体験と同じ光?
年が変わった途端、「光」が主要テーマに躍り出ました。
人生の具体的な事も勿論大切ですが、私の今年のテーマは、これ以上なく形而上的な「光」に集中することだというのが、はっきりしてきました。
形而上的と言っても、バリバリに実用的なので、フォーカスせざるを得ません。
朝、星の配置なんかで「いやあ、今日はダメっしょ〜 --; 」みたいな目覚めでも、どんよりしながら一通り家事や身支度を済ませて座り、源からの光を招き入れた途端「いやあ、今日はもう最っ高っしょ〜!」になります。
最初はただ呆れていましたが、今は目覚めがどんなにブー(--;)でもV字回復が見込めるので、瞑想が一層必須の日課になりました。
そして、エネルギー調整をした後、本格的に「光」にアクセスすると至福としか言いようのない天国を呼吸することができます。
最近、ふと臨死体験特有の光の体験を思い出し、その至福と愛に包まれた安らぎなどなど、全く同じ体験をしているのかもしれない、と気づきました。
臨死体験には体外離脱や、トンネル、また天使や肉体を持たない存在たちとの出会いなど、幅はありますが、その中で「光体験」と呼ばれるカテゴリーがあります。
それは、私が瞑想時に「光」にアクセスした際の感覚に酷似しています。
残念ながら、今回の人生で臨死体験をしたことが無く、比べようがありませんが、本で読んだ知識と比べる限りではとても似ている気がします。
Wikipedia(https://ja.wikipedia.org/wiki/臨死体験)をチェックしてみたら、興味深い情報がまとめられていましたので、コピペさせていただきます。よろしければ、こちらもどうぞ。
光体験[編集]
臨死体験が起こると、まず暗いトンネルの中に浮かんでいる自分に気付き、その次に「光」を見るという体験をする者が多い。この「光」は死んだ肉親の姿や宗教的人物の形をとる事もある(→#死者の「お迎え」現象)。
体験者の多くはこの光に包み込まれ、保護されているという感覚を抱く。この「光」は恋人や家族から感じるものとは比較にならないほどの愛情を持っているように感じられるため、遭遇後に精神的な変容を遂げる体験者が多い[20]。ある体験者は「自分のすべてを知りつくされ、理解され、受け入れられ、赦され、完全に愛しぬかれ」たと述べている[17]。
日本人の臨死体験者でも「光体験」は多く報告されるが、それはあくまで自然的な光であり、アメリカの臨死体験者と比べて「愛」や「神」としてそれを認識する者は少数であるというデータもある[18]。「光」体験自体には文化を超えた共通性があるが、その解釈については文化的な影響に左右されると推測することもできる。
アメリカのシアトル研究では、150名の臨死体験者に面接調査を行った結果「臨死体験においてもっとも大きな変化を遂げているのは光を体験した人々」であり「光の経験が深ければ深いほど、変化の程度も甚だしい」と結論されている。また子供の臨死体験者のうち88%が光の体験をしていると報告している。
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