握りしめていたのは、あたしでした。。。
肉体の着脱に全く影響を受けない自分自身のエッセンスに馴染んでくると、感情のような一時的に作り出すエネルギーとのギャップがはっきりする分、扱いが楽になるようです。
不愉快な感情を抑圧したり嫌悪したりせずに、「ふう〜ん」とか「へえ〜」みたいな感じで見ていれば、すうっと離れてゆきます。
離れてゆかないのは、あっちが離れてくれないのではなく、
私が握りしめてるから\(^o^)/
この握りしめている感覚というのを、最近はクリアーに認識できるようになりました。
握りしめなければ、自然に離れてゆく…
握りしめる感覚がわかれば、後はその手を開くだけ。
何か感情を経験する時というのは、感情を結晶化させる核のような波動を生み出した瞬間に、その感情のエネルギーを世界中から拾い集めてしまうのかもしれません。
握りしめた手を開けば、私自身に由来しないものは、また自由になって放浪の旅を続けるのでしょう。
ネガティブな感情に限らず、手はいつも上を向けて開いておくのが望ましいに決まっています。
握りしめるのは執着だから。
執着するのは、自分や人生や宇宙を信頼できないから。
何も握りしめない…
それでも、手は空にはなりません。
次々と豊かな宇宙の恵みがやってきては、人生を豊かにしてくれます。
全てのエネルギーに自由を与えよう!
だって、私も自由でいたいもの!
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