隙間だらけなあり方
自分自身の未浄化なエネルギーを飼い鳥に投影していることをありありと感じたのは、私自身のエネルギーが変わったことがベースにあると思います。
いつからか、自分のエネルギーがギュウッと固くなって一層物質的になる感じと、ふわっとほぐれて、例の原子核の周りに電子が回ってて…みたいな、隙間だらけな感じの違いを、感じ分けるようになりました。
そんなに前のことではありません。
今年の春分ワークやら何やら、その後、近しい人たちが一月おきに亡くなったり、そして世界のエネルギーも全然違ってきていて、かつてのあり方とは全然違ったエネルギーを感じ始めたその頃でしょう。
そうすると、未浄化なエネルギーでも情報的な価値の無いものは、隙間だらけですから、何もしなくてもパラパラとかどさどさとか落ちてゆきます。
かなりしこったものに関しては浄化の手順を踏みますが、ギュウッと固まっちゃった状態と比べて、手放すのが格段に楽です。
日常生活でも、ふわっと解けて隙間だらけだと、余分なエネルギーは意識して退けなくても風のように通り過ぎてゆく感じで、実に手間がかかりません。本当に軽やかで安らかです。
この状態でいると、あらゆる感情は選択可能なのだということがよくわかります。
そして、まだ浄化しなければならないエネルギーブロックの影も見えたりしますが、時間をかけて手放すしかない物をキープしていても、それが本質的には自分でないこと、一時的にシステムに抱えているだけだとわかるので、全く気にならないし影響も受けません。
全てから快い端正な距離があり、自由です。
これ、一度体験し始めると中毒します。
でもまだ浄化中だし波動上昇の荒波を受けているしで、振り子のように古くて不自由な重〜い状態と行ったり来たりするようですが、執着したりジタバタしなければじきに戻ってくる感じかな。。。
どのくらい時間がかかるかわかりませんが、いずれは定着するのだと思います。
もっともその振り子の過程でうんとこさ面白いこともあるので、当分はそれも楽しみたいと思います。
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