苦痛への執着
悲しみや苦しみに対して執着するのは、どMだけだと思いますか?
おそらく、多くの人が、無意識にネガティブなエネルギーや、経験に対する執着を持っています。感情をひどく揺さぶるようなドラマが、毎日テレビや映画館で繰り返し見られていたりする理由の一つがこれでしょう。
軽やかで、何が起こっても宇宙への信頼から堅固に安定している前向きな精神に満ち、感動や喜びはあっても、ネガティブな深い感情に裏打ちされた深い深い喜びや感動とは、比較にならないほど淡い感情しか体験できない。。。
明るくて晴れ晴れとして、胸をえぐるような苦しみやドラマはどこを探しても無い、淡々と進んでゆく調和に満ちた世界。。。どこまでも清々していて、淀みのようなものは勿論、陰影のかけらも無い。。。
忘れちゃった?
そういう世界にいたこと?
死にたくなるほど苦しいことが多かった半生でも、私がこの地球にわざわざ来て、それが本当に経験したかった事だというのが、今になって実感としてよくわかります。
散々やって満足したというより、もう懲りたわあ、と思っていた筈なのに、昨日のブログのような事があると、まだ多少の執着が残っているのがわかっちゃったりして…。
苦しみや悲しみにも純粋なものがあり、それはとても美しく、ネガティブでも濃い感情を体験することには、官能的と言ってよいような満足感というか、蠱惑的な魅力があります。
実際、続けたかったら、古い地球もまだ十分機能しているので続けることもできます!
それでも、世界のエネルギーが怒涛の勢いでポジティブに向かっている時に、ネガティブ側へ渡留まろうとするのは摩擦がひどくて消耗して大変でしょ?
旧いエネルギーは手放すのが、やはり自然の流れなのだと思います。
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