目立つのは、ちょっと…
少し前まで、目立つのが本当に嫌でした。
意外だと思われるようなんですが、ほんとです。。。
目立って注目されたりせずに、人の後ろに隠れてリラックスしていたい人でした。
「出る杭は打たれる」よりは、長年「いい人」の病に冒されていて、目立って人に囲まれたが最後、スッカラカンになるまでエネルギーを差し出すようなことになるのが、恐かったからです。
搾取や侵犯の深い傷を抱えていて、そんな風になるのは当然で、エネルギーを吸い取ってくれるお役の方々をもっぱら引き寄せていたのは、私自身の傷でした。
このあたりがクリアーになり、ヒーリングが進むようになってから、当然のことながら、目立っても目立たなくても関係無いという、ニュートラルで健康な感覚が蘇って来ました。
本来のエネルギーが派手〜なことは前から知っていて、バンコクに住んでいた頃は、シンクロするような派手〜な恰好で、アパートの近所でもどこでも、至極リラックスして歩いていました。
タイの国民性自体が寛容で個人主義なところがあり、「人は人」にしておいてくれるのと、バンコクの都心のような、人種も国籍もすごいことになっている場所では、派手を通りこしてキテレツな恰好でもしなければ、目立ちたくても目立たない…(あ、私は普通に派手の範囲内でしたから。一応、誤解のないように…)。ブルカやサリーもありで、一駅二駅電車に乗っただけで、ナーナーとか、正真正銘の多国籍地帯がありました。
帰国後、至極まともな(つまらない?)東京郊外に暮らすようになってからは、バンコクで着ていたような服も着られず、意識していませんでしたが、どこか鬱屈していたかもしれません。
でもね、一旦意識しちゃいましたからね、しかも毟られる恐怖は一応鎮火して、気恥ずかしさはまだ残っているものの、派手っ!な装いにも抵抗が無くなって来ました。
それでもまだビギナーなので、先日好きに着飾って都心に出掛けた帰り、疲れていたせいかもしれませんが、最寄り駅からバスに乗るのにひどく気後れしてしまい、タクシーで帰る羽目に(^^;)
ご近所さんと会っちゃったりしたら…ね…まあ、そのうち、慣れることでしょう。こっちもですが、みなさんも。
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