こんな所にも怖れが…かくれんぼ
最近、静かにしていられる時間が多い分、自分の中で動くちょっとした感情がわかりやすくなっているような…。
結構小さな恐怖をたくさん拾い上げるようです。ああ、そんな風に怖れているんだみたいな。小さいのばかりじゃなくて、まずまずな大物もヒットしてしまった…。
昨日もご両親の大変な介護真っ最中のお友達と話している間中、プレッシャーを感じていて、それはエゴが動いている時特有の感覚なんですが、しばらくして、それが恐怖だということがわかりました。
震災の後、まだノイローゼ気味だった夏の終わりに父が長期入院、母の具合も坂を転げ落ちるように悪くなり、入院中の父からも目が離せず、一人で実家にいる母の面倒も見て…これで体力自慢ならともかく、体力不足を自慢出来るような人で(^^;)…日に日に憔悴してゆきました。
頭ではよくわかっていて、とにかく一旦立ち止まって、自分を助ける算段をまずして、任せられる事は何でも人にお願いして…自分を大事にして…と思うんですが、濁流に押し流されるように流されてゆき、つかまる木片も見つけられず、止めるに止められない…その無力感というか絶望感というか…。
彼女と話をしながら、自分や人生を完全に信頼しきれていず、そういう状態になったら…それはほぼ確実なんですが…、自分をちゃんと守りながら乗り切れる自信が全く無いことに気づきました。
奇妙だったのが、話の後、なぜかえらくハイ。。。しかも妙に緊張してる。。。
で、気づきました。。。
無意識に抑圧された恐怖がプレッシャーのもとで、精神的に抑圧されていても、体はその緊急警報に反応して、ありったけアドレナリンを放出しましたかね…(^^;)
彼女の話を聞きながら、「頼むから何でも他の人にやってもらって、自分を大切にしてええ!」みたいな切迫した思いがこみ上げて来たのも、この恐怖があったから…。
色々込み入ったことでも話せる彼女とのやり取りが無ければ、温存していた恐怖に気づけなかったと思います。実戦突入前に意識できたのは、とてもラッキーでした。
もう正体見ちゃいましたから、ゲリラ戦はしかけられないはずだし、この程度の規模なら見ておけば大丈夫…な部類だと思います。そして、とにかく始まる前に、心身の保養を充分して余力を確保することに決めました。
でもね〜、この期に及んで、こんなに強い感情を自動的に抑圧するってね〜…驚きました。。。長年の習慣の威力でしょうか。。。やれやれ。。。
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