自分と両親を癒す
ティク・ナット・ハンの『和解』(磯崎ひとみ訳 サンガ刊)、読みながらところどころワークをして、だいたい読了です。
散々やってきた筈なんですが、何かクリアーに集約されたような感じがあるのと、初心に戻ったようなそんな感じもして、このタイミングでね〜…と不思議に、また、とても嬉しく思います。
インナーチャイルドワークについて、次のような説明があります。
pp111-112
自分を大切にするには、まず内なる子供のところに戻り、大切にすることです。毎日、傷ついた子のところに帰る実践をしてください。兄が妹にするように、優しく抱きしめます。
そして、その子の声に耳を傾けなければなりません。その子は過去ではなく、今ここにおり、私たちがそうしようと思えば、ただちに癒してあげられます。
「小さなかわいい傷ついた子、あなたのために私はここにいるよ。話を聴く準備はできているよ。苦しいこと、つらいこと、なんでも話してね。本当に心から聴きながらここにいるから」
その子を抱きしめ、必要があれば一緒に涙を流します。
これ、真剣にやって根本的なヒーリングを経験した方なら、とても重要なワークだということをよくご存知でしょう。
同様に、両親や祖先もまた、私たちの中に生きているとして、彼は両親を5歳の子供として見てワークすることを勧めています。
p109
あなたの父親も、父親になる前、かつては五歳の子どもでした。実にか弱く、祖父母やほかの人たちから容易に傷つけられたことでしょう。父親が時に乱暴だったり、気難しかったりしても、それは彼がかつてそんなふうに扱われた五つの子どもで、その子が今でも彼の中にいるからです。
そのことが理解できれば、もう父親に腹を立てることはなくなります。父親に対し、慈悲の心を持てるからです。
父親の五歳くらいの写真があれば、それを見ながらこの瞑想をしてもよいでしょう。
あなたの母親もまた、五歳のころはか弱くもろく、傷つきやすかったでしょう。傷が癒えるように力を貸してくれる師や友人に恵まれず、いまなお傷も痛みもそのまま残っているのかもしれません。そんなか弱い幼子としても見つめられれば、思いやり深くゆるすことはずっと簡単になります。
息を吸い、五歳の母を見つめる。
息を吐き、傷ついた五歳の母に優しく微笑む。
これは、全く問題なくできました。幼い母に、慈愛の微笑でにっこり微笑むのは何でもないことです…ところが、です。。。
「その子を抱きしめ…」で、躓きました。。。
嫌悪感はありませんでしたが、明らかに抵抗を感じました。。。
その抵抗感にフォーカスすると、怖れでした。幼い無力な母でも、母ですから、まだ私の中で癒えていない恐怖が、抵抗感となって私を押しとどめていました。
ええ、例のぶちきれてた、あれ…
それでもワークを続けて、昨夜あたりはかなりマイルドになってました。まだ当分面倒を見るようでしょうが、先が見えて来たかもしれません(^^;)
この私の中で苦しんでいるペインボディが癒えないと、母の癒しに進むことができません。生まれたのはこっちが後でも、ワークの順番としては、いつでも自分が最初です。
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