敗因確定
先日の「焼けたじゃがいもを手放す」にもちょろっと書きましたが、元旦夜にいきなりワークが始まってしまい、ヒーリングよりも巻き込まれてバランスを崩した件ですが、自覚としても、疲労が抜けずにベースがなっていなかったり、ワークが仕込まれているのに気づかずにCDを聞いてしまい、かなりヘビーな大物を扱う心の準備なんて何も無かったことで、完全に失敗でした。
あまりにひどい状態で大物を扱うのは、勿論無理に決まっていますが、疲れがたまっていたり、十分にセンターが確立されていない程度でもダメ、というか危険かもしれません。。。
ティク・ナット・ハンの『和解』を買ってすぐに読まなかったのも、いつものガイドのやり方で、実際に自分で体験してみてから答え合わせが来るという、それだったかもしれません。
お蔭さまで今回の敗因がものすご〜〜くクリアーになりました。
たぶんリピしない。。。(と、希望します)
先ほどのブログに続き、『和解』からの引用です。
pp69-70
ブッダは、つらい感覚に対処する前に、まず喜びや幸せの感覚を生み出し、自分に栄養を与えるように助言しています。外科医は、患者が弱っていて手術に耐えられないと判断すると、まず先に少し体を休めて栄養を取るようにすすめますね。ちょうどそれと同じように、私たちも苦しみに焦点を当てる前に、喜びと幸福という礎を強化する必要があります。
p78
瞑想とは喜びと幸福感をもたらし、私たちを養ってくれるもの。幸福感と喜びが十分にあれば、私たちは十分に強くなり、内なる苦しみや悲しみ、絶望のかたまりを扱うことができます。
p84
あえて苦しみの種が意識に上がってくるように招くこと。これまではつらくて触れられなかった寂しさ、絶望、後悔、切望などを招いてともに座り、昔からの友達のように話しかけます。ただし招く前には、必ずマインドフルネスの明かりを灯し、ゆるぎなく強い光にしておきましょう。
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