欠如感を超えさせた鉛筆の天啓
昨日はゴミ出しも無く、天気が悪かったのでお洗濯もお休みに…些細な日常のルーティンですが、これがあるのと無いのとでこんなに違うかと思うほど、ゆったりと瞑想ができました。
時間の余裕がある以上に、起きてすぐに瞑想に入れたので、波動の調整がうんとラク。。。リラックスの仕方も深かったのでしょう、いつもよりもしっかり接続した感じで、たくさんのガイドを受け取れました。
ネットなんかでも散々言われていることですが、少し前とは比べものにならないほど波動が上がった分、思考の現実化の速度も増している、欠如にフォーカスしていれば、いつまでたっても欠如の波動領域から抜けることができないどころか、次々と欠如を作り出すと言われました。まあね…それはわかってますけどね…。
欠如感にはまり込んでしまうと、満足感に軸足をずらすのは難しいこともありますが、もともと両方持っているわけで、フォーカスの方向を変えることは可能です。
しばらくホームレスだったジョー・ヴィターリが、貧困から抜け出したきっかけは、たった一本の鉛筆だったそうです。手にした鉛筆を見ているうちに、「わお、この鉛筆はなんて素晴らしいんだ!完璧じゃないか!」と感じ始め、心底感謝した後、お金が入って来るようになったと、どこかで書いていました。
鉛筆って…(--;)
いえいえ、何でもよかった筈です。自分が既に持っているものへの、お仕着せな感謝なんかじゃ全然ダメで、心底感動するような喜びや賞賛とかじゃないと、一気にエネルギーのベクトルを変えるほどの起爆力は生じなかったでしょう。でもね、鉛筆一本でも、出来る時は出来る…。
あれま、長くなりそう。。。分けます。
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