補給
一月ほど前にヒラリオンとつながった際、一日最低二回かそれ以上は、本来の意識にアクセスする必要があるとのガイドを受けましたが、いよいよそれが実感されるようです。
具体的なあれこれを欲求するベースにある、本質的な欠如感を受け入れたとは言え、その欠如感に焼かれ続けているのは決して快適ではないし、本来の在り方でも無い筈で…帰国後、どうしたものかと思っていました。
きちんと深い瞑想に入って、無限の解放された意識状態では、この欠如感は存在を失います。完全に満たされた状態ですから。。。
昨日の朝は大寝坊で、お寝坊な鳥の方が既に「おら、もうとっくに起っきした、早く明るくしてけれ!!」と喚き散らしたりするので、朝の瞑想は泣く泣くパス…(--;)そのせいか気分が不安定で、夕方ようやくあれこれの用事が一段落して、もう薄暗くなりかけた部屋で瞑想をしました。
ここのところ旅行なんかでいつものペースが完全に崩れてしまい、エネルギー調整が疎かになっていたので、入りにくいことこの上もありませんでしたが、なんとか一通り調整を済ませて入ると、あとは簡単でした。無限の静寂に入った途端、肉体も芯からリラックスする感じで、全てが満たされているその甘く安らかな感覚に頬まで弛みました。
ああ、これこれ…本当に求めているのは、これなのよ…みたいな…。
こうして補給から帰って来た後、昨日はけっこう長時間、この感覚をキープすることができました。思い出せばいいんですから…。
無限の解放された意識自体ではなくても、その穏やかな満ち足りた感覚をキープしていると、心は瞑想中よりは活動的でも、普段よりはよほど静かで、多次元モードっぽくいい塩梅にリラックスしている感じ…高次のガイドたちが言うように、この次元に集中しすぎない適度な距離感、のようなものがキープされていて、とても快適でした。
でも、こちらの次元にフォーカスし続けているうちには感覚が薄れて来るので、やっぱり最低二回、あるいはもうプラスもう一回くらいきちんと補給に行けると、すごく楽なのかな…。
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