変容
今回の長期にわたる大規模浄化はほぼ完結したようで、最後の積み残しのような作業もありましたが、たぶん一段落です。
まだあるわけ?と思いましたが、これはテストというか、使用前/使用後の確認のようなよい機会になりました。。。
正直なところ実感としては、まだほんと?みたいなところがありますが、基礎力のようなものは、充分以上につけてもらえた感じがしています。
以前から、相当激しい感情を抱いても、それを複眼的に見ていることはあったものの、一層安全で端正な距離感のようなものが自然に出来たようです。そのためでしょうか、全く抵抗感がありません。痛みそのものを感じるだけで、その痛みに対する痛みが無い…ということなのかもしれません。もっと驚いたのは、痛みを感じながら、同時に自分の内側にあるSerenity(清澄な安らかさ)と、本質的な無限の喜びまで感じていたりします。どっちか、じゃなくて、両方…。
少し前に、ガイドの一人が「あなたはこれから素晴らしい喜びも経験するけれど、それは飽くまであなたの内側の本質的な喜びが形になったものに過ぎないから、それを絶対に忘れてはいけない。決して外側から来たものだと誤解して引きずられないように」と、かなり念入りに言われました。
逆に言えば、甘く有り難い喜びのエネルギーは常に自分の中にあるわけで、それを無理矢理探そうとすると、ちょっといけませんが、うまく接続できることもあるし、ゆくゆくは常時接続が可能になるのだと思われます。
そして、一番変わったかな…と思うのは、いっとき、ガイドとうまくつながらない感じがしていた際、投げやりだったわけでもないんですが、何となく大丈夫な感じで安らかでいられたことです。そこそこ自立できたのかもしれません。以前だったら、たぶんパニッック…。勿論、ガイドが私たちを見離すことはあり得ないので、ただこちらのエネルギー状態に問題があって、コネクションを確立できない事があったりするだけです。
自分一人で何でもできる、と思っているわけでは勿論無くて、今回の大変な霊性の陶冶は、ガイドに寄り添って導いてもらえなければ、絶対に不可能でした。そんな事、考えるだけでそら恐ろしくなります。一人であれをやるって…(@@;)絶対ムリだってば(ブルブル…;;)二人三脚、というか、向こうは複数なので、何と言えばいい? これからもガイドと一緒に歩いて行くようです。
特にジーザスには『光の書』を通して、毎回驚くほどドンピシャでシャープなガイドをいただきました。以前は親近感を感じられないマスターだったんですが、時期が来ていなかったんですね。
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