新しい調べ
昨日、ふと外出先でバーバーの「弦楽のためのアダージョ」を耳にしました。
ケネディ大統領の葬礼に使われたり、映画「プラトーン」にも流れていた哀切な曲です。
これ、2003年に生きるか死ぬかみたいなことをやっていた最中、ロンドン行きの飛行機の中で聴いていました。
ヒースロー近くに差し掛かって飛行機が高度を落とし、美しい田舎町と田園風景を眺めながら、インフライトエンターテイメントで流れていたのを聴いていて、涙が止まらず、止めようもなくて途方にくれたまま、声を殺してボロボロ泣いているのを、フライトアテンダントの女性が気遣わしげに見ていましたっけ。。。
とても美しい調べです。
どうにもならない宿命に首を締められて、虚しく死ぬのを受け入れるしかない、どんなにあがいても光には手が届かず、死んだ後にしか希望はないのかもしれないみたいな諦念と、その奥にある慟哭のような悲しみが、透明感のある美しい響きとなっています。
昨日、ものすごく久しぶりにその、美しいけれども重くて悲しい調べを聴いて、ハッとしました。
もうこのエネルギーにはシンクロしない、というか、できなくなりつつある、と。
今、自然にシンクロするのは、ちょっと前にアップした「ハールリキーア」のような軽くて力に満ちたエネルギーです。
無力感や悲しみ、怒りや苦悩でいっぱいで、重く不自由だった古い地球特有のエネルギーが変わりつつある、というよりも、全く別の周波数帯が確固として存在している時に、どちらを選ぶかで即自分自身の世界が変わります。
以前は、その新しい周波数帯が不安定だったか、私が慣れていなかったのか、自分の意志次第で選択できると繰り返し教えられ、一応理解していても、なかなかうまくできませんでした。
でも、ここに来てそれがクリアーになり始め、やはり世界自体のエネルギーがものすごく変わったことを実感します。
バーバーの「アダージョ」はとても好きな曲なので、「ああ、もうこのエネルギーともお別れしなければならない」と思った時には、軽い執着を感じました。
素晴らしく美しい、でももうその周波数帯で私は生きたくない。辛過ぎるから。
それでも、宇宙全体からするときわめて稀な、重くて地獄のように苦しい周波数帯を、この体と人生を通して体験できたことを大変貴重だと感じます。
だから、「有り難う」を言って、そっと手を離そうと思います。
- 次元上昇
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