ねぎらい?
昨日は、奇妙な具合でした。また悲しみと痛みが浮上してきて、あれ?まだ終わってなかった?
でも、なんかよくわからない。。。はっきりしない。。。
傷んだエネルギーの本質を掴んでいれば、辛いは辛いでもすっきりシンプルでいいんですが、この「よくわからない」という混乱自体が結構きつかったりします。クリアーでいたい、何でもはっきりさせたいし、知りたいし…、というマインドの病が重いのに違いありません。
明るいうちはあれこれすることもあって、正体を突き止めるのが深夜になってしまいました。
ようやく出どこ(?)がはっきりしてみれば、煉獄期間中、度重なるしんどい思いを延々耐えたその苦痛でした。
溜めてましたね〜全然気が付かなかった。その度にワークしていて、そんな感情が溜まってたなんて…ほんとにまあ、人間って複雑で面白いこと。。。
それで思い出したのが、昔院試の合格発表の夜、嬉しさなんて全く感じず、自室で深夜まで号泣したことです。
その時は理解できませんでしたが、後で気づいたのは、随分無理をしていて、しかも誰にもそれをこぼさずに、自分自身ですらそんなに苦痛だとも思わずにいて、合格してほっとしたその途端堰を切ったように、溜め込んだ感情が放出されたのでした。
その大学院というのが、入ってみれば至極居心地の良い場所でしたが、とにかくお高いというか倨傲というか、外側から見ると飛んでもなくて、外部進学者は、たとえ修士号を持っていたとしても、直接博士課程に進学させてくれない、修士からお入りくださいね…と。
既に大学のポストを狙うのは至難の業みたいな状況で、心配した指導教員が勧めてくれた受験でしたが、その方が何を思ったか、同じ専攻の修士号なんかだぶって持ってたって何の役にも立たないのに、その大学院の修士号も取りなさいというご指導で、修士論文を書きながら受験勉強もするって…今なら絶対やりません(;;)
図々しかったわけじゃなくて、ただ何となく落ちる気がしなかったのか、あるいは合否について考える余裕も無かったのか、結果について悩んだ記憶も無く、そんなにストレスを溜めていたとは夢にも思わなかったんですが…ありったけ溜まってましたね…。
さて、今回の合格発表は…
何にもないです…(^^;)丁度山羊座の下弦の月ボイドで、もっと頑張らなくちゃと自分自身にプレッシャーがかかりやすい象意があり、それが引き金だったかもしれません。でも、これも短時間のことだし、本当のところは謎…。
自分の感情やエネルギーのお世話は、普段から出来るだけしているつもりだし、年々意識的に生きられるようになっていても、知らないうちにこんな風に溜めてしまう…、本当に人間のケアをするのは楽じゃないとつくづく思います。
それでもこういう作業がちゃんと出来る余裕があるだけ、恵まれているのでしょう。ただ、自分自身と向き合う時間は、たとえ、状況が厳しくて今現在は余裕が無い場合でも、いつかは作る必要があるのだろうと思います。
そうじゃないとね…溜まり過ぎちゃうと思います。
年中やっててもこうですからね(^^;)
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